練 習 問 題

 

1.無限遡及

 無前提な「なにか」はあるか。

 ありませんね。つねに前提となる「なにか」があります。

 基本規則から全体が導かれるのであればその基本規則が前提で、公理によって成立する体系はその公理が前提です。

 さて、この基本規則やら公理やらがわかりやすく目の前にあるのなら話は簡単です。全体や体系が整合性を持った説明で記述できます。

 そういう前提がわからない場合、これはかなりたいへんであります。

 現在、物理学のほうで物質の最小単位はどこまでわかっているんですかね。素粒子についての素人向けの本を読んでみても難しくてわたしゃわかりません。

 物質がなにからできあがっているのかわからなくてもわたしたちは日常生活をおくれます。そんなことはどうでもいいと考える人にとってはどうでもいいことです。

 どうでもいいと思っている人もいれば、どうなんだろうなあと思う人もいます。

 わたしたちの住むこの世界にも前提はあるはずだ、それはなんだろう、と疑問を持つ人は日常生活をおくりながらもしっくりこないもやもやとしたものをいだいています。

 そこで次のように考えます。

1. この世界には前提がある。

2. その前提は無前提か。いや、あらゆるものには前提がある。

3. 前提が無限に遡及して収束しない。

 あるはずなんだけど到達できない。ではそれを「ある」と言っていいのか。

 そもそも「あるはず」が正しいのか。

 これは「前提」に関しての話でありますが、科学一般においても同様の問題があります。

 厳密であろうとする科学はそれぞれの要素をきちっと定義します。

 ある事柄をA(a1,a2,a3,...an)で定義したとすると、その定義の説明の内容のそれぞれの要素についてさらにa1(a11,a12,a13,...a1n)、a2(a21,a22,a23,...a2n)、...an(an1,an2,an3,...ann)と定義は無限に遡及し続けます。

 きりがありません。

 科学はこの件について解答を出してませんが、解決策を出しました。

 それは「その件についてはそれ以上もう考えない」です。

 解答ではありません。解答なしに解決しました。

 定義されていない言葉(無定義語)によって定義する、という解決策であります。

 えっと、それでいいんですか、とこのことを知った人は驚きます。おそらく科学者は次のように答えるでしょう。

「はい。それでいいんです」

 それ以上詳しく聞こうとするとだいたい科学者は嫌がってその場から離れようとします。追いすがると「そんなに知りたければ大学で科学哲学の講義を聴いてください」と言い捨てて走って逃げます。

(逃げ出した科学者を擁護するために書いておきますが、これはこの人の能力不足ゆえではなく、単にめんどうくさいことから逃げただけであります。本格的に説明を始めたら時間がいくらあってもたりません)

 かくのごとく、わたしたちはわたしたちの住む「この世界」の根本的な事柄に関しては「誰もなにも知らない」わけであります。

 不可知論になってしまいそうであります。

 さて、解答を放棄して解決策のみを受け入れるか、それともおそらく解答のない問題を考え続けるか。

 12歳のときのわたしは科学で言う「無定義語」のこと知らなかったんです。

 結局、考え続ける道へ進みました。

 これが当時のわたしの練習問題の一つでありました。

 

2.(準備中)

(準備中)